【旅 2026年 関東編 vol.1】房総半島

鋸山の頂上から眺めた夕日とフェリーと横須賀
2026/10/22 2026/10/24 千葉

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有吉 諒真(ありよし りょうま)

福岡生まれ福岡在住。大学時代を過ごした沖縄にて植物の世界に魅了され、植物学で修士号を取得。
「植物と共に生きること」「生活や旅で感じたことのアウトプット」をテーマにブログを書いています。

前に行ったのがいつかはっきり分かんないぶりの関東。急に連絡くれた女友達と朝3時ぐらいまで長電話してて、そのときに千葉での電車旅の魅力を聞いちゃって。行くべき時ってのは、しっかり動ける日程が誰かによって勝手に用意されているもので、今回もその法則に漏れなかったから深いこと考えずに飛行機をとった。脳から快楽物質が大量に出た。

友達は特に房総半島の魅力を語ってくれたんだけど、台風が各所で線路上をぐちゃぐちゃにしちゃってたせいで内房線は途中でストップ、房総半島の路線に限らず何だか先が読みづらい運行状況だった。ここ最近の旅先では、他には例えば地震とか、行くことを一瞬戸惑っちゃうような出来事が直前になって起きることが多い気がしている。何の前兆なんだろうか? とにかく、落ち合うギリギリまで電話しながら決めた2人の旅先はこうだった。

・千葉駅スタート
・外房線で勝浦・鴨川と南下
・内房線に乗り換え、浜金谷まで進む
・フェリーに乗り換え、神奈川の久里浜まで渡る
・神奈川と東京を経由しながら東京湾をぐるっと回って千葉駅まで帰ってくる

俺は全く関東を旅慣れていないから、このルートは友達に全乗っかりしたものだけど、旅慣れていて、それに多少頭が飛んでいないと意識にも昇ってこないような発想を現実に移した友達を見て、一緒に旅ができて良かったって本気で思った。台風がなかったら一生進まなかったであろうルートを今から進もうとしていた。

何年か越しに会うのに「おいーっす」ぐらいのテンション感で電車に乗り込んで、だんだん緑が爆発していく景色で一緒にテンションが上がりながら、普段の続きみたいな話をずーっとしていた。それは、これを書いている今に思い返そうとしてもはっきり思い出せない話で、何かのタイミングでまた会ったときには鮮明に思い出せる話。

最初に降り立ったのは勝浦で、全然規則的に作られていない最高な細道を散歩しながら、午前だけ開催のマーケットに寄った。やっぱ海沿いやけんワカメ多いんやなーとか、貝殻アート綺麗やなーとか、今年初めてアケビ見たなーとか思いながら歩いてたら、年齢不詳でいかにも放浪者な植物屋のお兄ちゃんがいて、彼の話が面白かったから長いこと3人で喋っていた。アガベみたいなナマモノの植物も売ってたんだけど、残り半分のブースを占めていたのはもっぱら木の実で、月桃・アダン・タビビトノキ・サキシマスオウノキ・モダマ・バンクシア・ナンバンサイカチ、他よく分からないメンツなどなど、モノ好きにはブッ刺さり、しかし勝浦の地元民にはどう足掻いても理解されないだろうものたちが木箱に放り投げられていた(ここで、月桃・アダン・タビビトノキにも”木の実”と表現したけど、これらは草本植物なので”月桃・アダン・タビビトノキの果実”の表現が適切な旨、自分でもやめときゃいいのにって思うけど訂正しておく)。俺はその中で、自分のコレクションになかったバンクシアを土産に選んで、店主の彼が「俺、定住できないんすよねー」みたいなことを言って、その場の全員が無言でそれに同意したのを皮切りに、日本のローカルな旅の話題で盛り上がった。彼はテントなしの寝袋泊で四国を電車旅したことがあるらしくて、俺は心から彼のことをアホだと思った。そしてもちろん、心から大好きだと思った。ちなみにテントを持っていかなかったのは「かさばるから」とのことだった。彼は生粋のアホだった。

長話をしてたら2人ともお腹が減ってきて、歴代で一番美味しかったハマグリの汁を飲んで、その露店のおじちゃんからを勧めてもらった向かいの店の鉄火丼も食べた。満足して、空気感に乗って路地とか漁港を散歩して、汽水域で群れるボラを眺めてたら、次の鴨川へ行く電車を逃して、時間ができたから駐車場でキャッチボールしてたらなぜか次の電車も逃して、次は逃すまいと駅前の喫茶店で時間を潰して、やっと電車に乗ることに成功した。お互い、言うてそこそこ頻繁に電車が行き来する町に住んじゃってるから、電車に乗ることに成功しようと頑張った時間が楽しかった。ちなみに、逃した電車たちの間には1時間ぐらいのインターバルが存在していた。

鴨川着。同じ房総半島の東海岸、という意味で勝浦と似た雰囲気なのかなって予想は裏切られた。日本の景色なんか、同じような町づくりの様式とかチェーン店とかによってただただ均一化されている傾向にあって、今自分が何県の何町を歩いているのか分からなくなっちゃうことがよくあるから、ここは鴨川! みたいな確固たる景色を持つ町はとても素晴らしいと思った。

食べ歩きできるご飯をテイクアウトして、細い道を選びながら住宅街を散歩していると、遠くへと続いている細い視界からオーシャンビューが覗いて感動した。こんな状況に出会った時の弾けるように嬉しい感情は、何事にも置き換えられない。山が窓から見える部屋で成長したせいか、俺は基本、山に居たい人間だけど、遺伝子のどこかに海を求める自分も組み込まれているんだろうな。

海沿いのレストランに漂っていたスパイスの香りでお腹が減ったり、サーファーとすれ違ったりしながら海岸線にたどり着いた。海岸は右を見ても左を見ても綺麗に遊歩道が綺麗に整備されていて、色彩感は全く異なるけど北谷の街並みを連想した。勝浦とか鴨川で強く思ったのは、ぽっと出会う人がみんな人懐っこくてよく話しかけてくれることで。勝浦の朝市でも、道端でも、鴨川の海岸でも、みんな躊躇なく俺らに関わってくれようとしてくれた。旅していて、こんなにも嬉しいことはないよな。この時点で、旅を始めてからたった半日しか経っていないのに、俺はもうローカル千葉が大好きになっていた。海岸では、車椅子に乗りながら水平線を眺めてチルってたおじちゃんが、食べ物をどう持ったらトンビに取られないかを教えてくれた。そんなことを教えてもらったのは人生で初めてで、けどこれは大切なことだから、俺も次どこかでトンビに狙われてそうな知らない人を見かけたらガンガン話しかけていって教えてあげたいと思った。こんな話を聞いたそばから、隣に座っていた友達は食べようとしていたチキンを丸ごとトンビにかっさらわれていて、どうしようもなかった。爆笑したら怒られそうだったから、俺は我慢しながら笑った。たぶん怒ってはいなかった。

それから鴨川で内房線に乗り換えて、浜金谷に降り立った。16時ぐらいだったかな。駅のホームから鋸山を見上げながら歩道橋を渡って、改札、というよりかはただのゲートを通った。田舎だったなー。ただでさえ電車の本数は少ないのに、観光客っぽい綺麗な身なりのおじさんが駅員さんから「台風の影響でダイヤが変更になって、次の電車は18時12分ですねー。」って淡々と告げられていて、あまりの不憫さに俺らはじわじわと笑いがこみ上げていた。あの人、あんな田舎で、しかもひと通り町を見尽くした後で、あれからどうやって2時間も時間を潰したんだろう。

そんなおじさんを横目に、俺らはてくてくと歩いて鋸山に向かった。ロープウェイの時間的に、山頂で過ごせる時間は30分ぐらいになりそうだったけど、せっかくだしねーとか言ってチケットを買った。山頂は、時間があれば1日中過ごせちゃいそうなぐらいお気に入りの場所だった。これから向かう対岸の久里浜を望めて、下山した後に乗るフェリーがその間を行き来していて。今日旅してきた房総半島も見渡せた。森だったw 海岸に走る内房線と外房線沿いに主な町があって、内陸はほとんど森なんだろうな。改めて地図を見たら、確かに内陸はほとんど緑だった。けどな、今回たどり着けなかったけど、久留里線に乗って内陸にも切り込んでみたかった!

山頂は次第にサンセットのゴールデンタイムに突入していって、俺のお気に入り度合いはますます上昇していった。最終のロープウェイの時間があるから泣く泣く乗り込むと乗組員の人が、夕日にかかった富士山が見えるんですよ、って教えてくれて最高だった。九州の人間からすると富士山ってただの遠い存在だけど、実際目撃すると何かしら感じるものはあるよな。霊峰って言葉の意味がよく分かる。

下山した後、フェリー乗り場の方向に向かっていたら漁港が目についた。友達はその景色を見て、何年か前に浜金谷に来た時、この漁港で1人チルった記憶がフラッシュバックしたみたいで、俺ら2人の足は自然とそっちに向かった。落ちないように気をつけながら防波堤の高いところを歩いて、けど目前の海は焼ける夕陽で。防波堤のコンクリが冷たかったこととか、そんなことはもうどうでもよくて、2人とも寝っ転がって、水平線の下に沈んだ太陽の後光を受けた超自然的とでも思えるような富士山の姿をずっと眺めていた。「富士の奴、メロいよな」とか言ってておもしろかった。こんな時、時間の概念が空間から消失するのは本当に良いことだと思う。太陽の動きからざっくり時の流れを読んで、1年のうちほとんどはそんな感じでいいんだと思う、本来は。

いよいよ太陽の光が消えてしまっても、ずっと寝っ転んだまま星を見ていた。この場所でもまた現地民に話しかけられて、それは漁港を散歩していたザ・ジモティーの母娘だった。何を話したか詳しくは忘れてしまったけど、宵の口の今、森の中から聞こえているのは鹿の声なのか、それともキョンの声なのかとか、違う季節に戻ってきてくれたら、その時はまた海とか空の違う表情が見られるんだよとか、そんなことだった気がする。その親子が去った後、友達が「1人で旅してる時は全く話しかけられないのに、2人でいるとよく話しかけられるわー」って言ってて、俺はその時はよく分からなくて「おぁー」みたいなテキトーな返事をしたような気がするけど、今になって思い返すと、1人で旅してる時では考えられないぐらい頻繁に話しかけてもらったような気がする。けどこうして偶発的に人と出会って、決め打ちじゃない会話とか、その人たちからポッと出てきた言葉に乗っかって旅を進める瞬間を心から愛している。

夜の浜金谷でばり美味い刺身の定食を食べてから、フェリーに乗り込んで横須賀の久里浜に渡った。暗くて眺めがないフェリーはただの交通手段に成り下がっていて、やっぱ非日常のフェリーは明るい時間帯に乗るもんだって思った。久里浜からは、これもまた暗くて車窓から何も見えない地下鉄状態の電車に乗って、友達の言うがままに1, 2回乗り換えて、ずっと喋りながら千葉までたどり着いた。そんな中で、明日の集合時間と、銚子に行くことだけ決めてこの日は解散。

旅行記も2日目へと続く。

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